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ロッテ佐々木朗希、東日本大震災で亡くした父を語る。父の予言が生んだ球史に残る速球。その動画は?

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ロッテのドラフト1位佐々木朗希投手が、石垣島春季キャンプ中のインタビューでは初めて、震災で亡くした父のことを語り、話題になっています。

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東日本大震災から、11日で丸9年を迎えました。

当時9歳だった佐々木朗希少年は、故郷・陸前高田で被災し、父と祖父母を亡くしました。日刊スポーツの取材に対して、佐々木選手は「3.11」への想いを語ったそうです。

悲しいことではあったんですけれど、すごく今に生きているなと。当たり前が当たり前じゃないとか、今あるものがいつまでもあるわけじゃないとか、そういうのを思い知らされました。

日刊スポーツより

当然ながら簡単に割り切ることができる出来事ではありません。当時が9歳という幼さなら尚更でしょう。それでも「 今あるものがいつまでもあるわけじゃない 」からこそ、一生懸命に生きてきたのだそうです。

陸前高田・戸羽市長は、そのシーンを強烈に覚えている。ある日、朗希の父・功太さんに会いに行くと、子どもたちとキャッチボールをしていた。当時、朗希少年は小学2年か3年だった。「それなのに功太のヤツ、朗希君に真剣に投げていたんですよ」。思わず「バカッ!」と怒ると、朗希の亡き祖母から「いいんだ、いいんだ」とたしなめられた。朗希はしっかり捕って、投げ返していた。この頃すでに、功太さんは周囲に「朗希はすごい選手になる」と予言していた。

日刊スポーツより

父の功太さんは佐々木選手の幼い頃から、その才能を感じていたのでしょう。本気で投げてくる大人を相手に、しっかり取って投げ返すことが出来ていた佐々木少年のポテンシャル・・・半端ではないですね。

佐々木功太さん。もともと、陸前高田では知られた人だった。元気な3児の優しい父として。人生の節目に寄り添う仕事をする、人情あふれる働き者として。夏祭りでは町内会を率先して盛り上げる、太陽のような存在として。163キロ右腕のことを「あの功太の、3人息子の真ん中の子」と認知する人も多い。

若きリーダー、功太さんに多くの人がほれた。壊滅的被害からの復興に尽力してきた戸羽太・陸前高田市長(55)も、付き合いが長かった1人だ。「有言実行の人。一緒にやろうという仲間作りが上手な人でした」と、未来を語り合った日々を懐かしむ。「気さくで、行動力があって。先輩も後輩も、みんなが付いていって」と褒める言葉が尽きない。

日刊スポーツより

間違いなく佐々木選手は父の功太さんのDNAを心の奥深くまで受け継いでいるのでしょう。

戸羽市長は「子どもたちの勇気になる。頑張れば夢がかなうことを、朗希君が見事に証明してくれた。お父さんやお母さんの世代も含めて、街を間違いなく明るい雰囲気にしてくれていますよ」と地域のリーダーとして感謝しているそうです。

今後のプロでの活躍に期待したいですね!!

佐々木朗希の凄すぎる速球、その動画。

高校生での160キロは圧巻ですが、プロ入り後のブルペンでの投球の動画もすごいです。伸びてきますね!

現在は日本記録が大谷翔平選手が日本ハム時代に投げた165キロで、世界記録は、2010年にレッズのアロルディス・チャップマンが記録した169キロです。

佐々木選手には十分に記録を狙えるポテンシャルがあると思います! ロッテでの活躍と共に期待したいですね!!

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佐々木朗希 震災 父への想いにネット上の反響は?

とにかく、お父さんやお祖父さんお祖母さんの分も、存分に生きて、野球に打ち込んで、活躍してほしいと願ってやみません!! 応援しております。

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